「壇」

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私が東京で珈琲の勉強をさせて戴いたのは
早いもので、もう30年以上も前のことになります。

西新宿に本店があることは後に知ることとなるのですが、
初めに門を叩いたのは下北沢にある支店「壇」でした。

そこにはとっても素敵な男性が二人いらっしゃいました。
店長Hさんと私にとっては先輩になるSさんでした。

二人とも細身で背が高く、とても格好良いのですが、
仕事に対してはとても厳しく、お客様に対しては笑顔
なのに、私に対する時は殆ど笑わない・・・・・
掃除の仕方からちょっとした所作まで注意されてばかりで、
私はそれまでの20数年の人生に
一体何を学んで来たのだろう?!と落ち込むような
ダメ出しをされる日々に、自己嫌悪に陥る毎日でした(><)

その上お二人のあうんの呼吸の作業は
ため息が出るほど美しくスムースに流れ、
私にはその流れに上手く乗るようにと言われても
そのタイミングが掴めず、まるで大縄跳びの縄くるくる廻って
「お入りなさい~」と呼ばれているのに入れず、
立ちつくしている子供のような情けなさでした(..;)

それでも必死で縄の輪の中に飛び込み、
何度も足を引っ掛けたり肩が引っ掛かったりで、
お二人の流れの邪魔を繰り返しご迷惑をおかけしましたが、
なんとか足手纏いにならないようになるのに半年くらいは
掛かったでしょうか~?!

その頃になってやっとお二人が私に笑顔を見せて下さるようになり、
やっと「壇」のスタッフの一員として認めて戴けたと思えた頃
突然H店長が辞められるとマスターから聞かされました!!
家業の水道屋さんを継ぐためにということでした。

HさんもSさんも珈琲屋さんになる為に生まれてきたような人・・・
私にはそんな風に見えていたので、その衝撃は大きなものでした。
SさんもHさんのことをとても頼りにしていたと思うので、
私よりもショックは大きかったのではないかと思います。
でも家庭の事情であれば仕方ありません。
残されたSさんと「壇」を続ける覚悟をしました。
すると今度はSさんまで・・・
急に家業の魚屋さんを継ぐため実家熊本へ
帰らなければならなくなりました!!

いつの日か「壇」を卒業してお二人に見送られ米子へ帰る
と当たり前のようにそう思っていた私が
お二人を見送り、残る事になってしまいました。
まさかまさかの成り行きでした。
本当に人生とはシナリオの無いドラマです!!

このお二人の厳しくも優しいご指導があったから
今の私がいると言っても過言ではないと思っています。。

Hさんとはずっと年賀状での交信は続けさせて戴いていましたが、
Sさんとは全く連絡が取れないままになっており、
時々ふと、どうしていらっしゃるのかと思っていたその
Sさんから、昨日突然電話が!!
ビックリ仰天です!!

「ネット」とはなんと粋な計らいをしてくれるのでしょう?!
Sさん曰く「ネットを検索していたら珈琲屋吹野のブログが
出て来て、これはあの吹野さんに違いない!!」と思い電話を
下さったのだそうです(^^)/~☆

絶対私より年上と信じて疑わなかったSさん、実は年下でした。
熊本代表で甲子園にも出場した事のあるスポーツマンでした。

そして今は熊本で珈琲に関わるお仕事をしているとのこと。
亦珈琲の仕事をしていらっしゃるということがとても嬉しかった。

懐かしい、嬉しい、ありがとうを連呼し、
いつかお会いしたいという叶うか叶わないかわからない約束をして
電話を終えました。

Hさんからは今年、年賀状ではなく、喪中挨拶が届きました。
昨年奥様が亡くなられたという悲しい便りでした。

いつか3人で会えたら・・・
そんな「壇」の同窓会を夢見てしまいました(^^)

また、ブログを見ると言って下さった佐野さん、
お電話本当に有難うございました。
そして、いつか、本当にお会いしたいです~☆
どうぞお元気で、ご活躍下さい(^^)v