「土笛が来た道」

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先日「いにしえの音」で、鈴木昭男さんのママチャリの旅の話を
ご紹介させて戴きましたが、なぜ鈴木さんがこんな無謀な旅をしようと
20余年も温め続けていらしたのかということを、私は上手く説明出来ずに
いました。
それをとてもわかりやすく解説した書物を偶然見つけたので
ここに紹介させて戴きたいと思います。

それは、2003年11月発行の別冊太陽の「出雲 神々のふるさと」の
98頁にありました☆☆!!!


  1978年の冬、雪のちらつく中で松江市西川津町のタテチョウ遺跡を発掘
  していたところ、奇妙なものが出土した。卵の先端を少し水平に切った
  ような形で、長さ6.6センチメートルほどの中空の土製品である。
  奇妙なのは、側面の一方には上下左右対称の位置に四つ、他の一方には
  上端近くに二つの小孔が開けられていたことである。
  「一体何だろう?」今までまったく見たことのない出土品に、我々は首
  を傾げた。
  
   実は、この種の土製品は1966年に山口県綾羅木遺跡で初めて発見され
  国分直一氏が中国古代の陶けんの遺制をひく土笛とされたものであった。
  また、京都府の日本海側(丹後)にある扇谷遺跡・途中ケ丘遺跡でも出土
  していることがわかった。タテチョウ遺跡で土笛が発見されたことにより
  長門(響灘沿岸)・出雲・丹後という日本海を介したルートが繋がった。
  この土笛は弥生時代前期のものとみられることから、稲作農耕に伴う祭祀
  に関わる鳴り物と考えられている。
   
   中国の陶けんの流れをくむものとされているが、今のところ朝鮮半島
  では未発見で、分布には空白地帯があり、日本海に至るまでのルートは
  不明と言わざるをえない。
  また、中国では龍山期から前十一世紀以前に出土例が多く、前三世紀頃
  と推定されていた弥生前期とはあまりにも年代がかけ離れていることも
  謎だった。
  ところが、2003年5月に発表されたAMS法による炭素14年代測定によれ
  ば、弥生時代の始まりの年代が従来説より約五百年も遡るという。AMS
  年代については今後さらにデータを積み重ねる必要があるが、土笛に関し
  て言えば、これまで考えられていた中日間の年代幅が大きく縮むことにな
  り、中国との関連を視野に入れて検討すべき段階にきたといえる。
   
   弥生時代の土笛は、現在では二十遺跡七十六例あまりが知られているが、
  いずれも北九州から山陰・京都北部にわたる日本海沿岸のみで見つかって
  いる。しかも、松江市西川津町遺跡・タテチョウ遺跡では合計四十一点出
  土しており、実に五割以上の保有率である。
  現状の分布状況からすれば、同じ弥生前期の文化といっても、日本海ルー
  トは瀬戸内海ルートと異なる特色を持っていたといえよう。
                             松本岩雄 著

鈴木昭男さんは、お父様から譲り受けられた「弥生の笛」をお持ちになっています。
そして、なかなか音を出すのが難しいその笛の音を今に蘇えらせた方です。
その上、愛知県のご出身ながら今現在は丹後にお住まいになっています。
さすれば、この笛の辿った日本海側の道を辿りたくなるのは当然のこと
yayoi1.jpgと言えるのではないでしょうか?!

米子を発たれてからずっとネットで検索して追いかけていたのですが、
 9日に山口へ到達なさっています。
もしかしたら、もう、最終目的地の綾羅木遺跡に辿り着いていらっしゃる
かもしれません。

念願の旅を果たされ、胸中いかばかりかと・・・

いつまでも少年の心を持った男のロマン・・・ですね・・・☆