卒業

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Bくんが珈琲屋吹野へ初めて足を踏み入れたのは三年前でした。

「ここで長い時間勉強させて貰ってもいいですか?!」と遠慮がちに言いました。

Bくんは鳥取大学に通う医学生でした。

かつて、ここに通い詰める医学生がいました。
けれども、それは二十年も前のことで、このところ医学生の来訪はありませんでした。

かつての風景が再現されると思うと嬉しくて、私は即「いいですよ!!」と応えました。

それからBくんの重い教材を持っての珈琲屋吹野通いが始まったのでした(^^)v

こんなザワザワした場所で勉強に集中することが出来るのか?!と感じる人もいますが、
今時の調査ではリビングで勉強しているという子の合格率が非常に高いというのです。

まさしく珈琲屋吹野は家庭のリビングと似た環境です。

例えば私が厨房でジャムを作っていると「柚子のいい香りがします(笑)」と言います。
蜂蜜ジンジャーを拵えている時は「生姜の香りがします~いいですね~」と言い目を細めます。

きっとお母さんが台所で夕飯の支度をしている時、色々な香りがしてくる、その香りが
何か安心感を与え、勉強が捗るという効果があるのではないかと私には思えました。

そして私とお客様との会話やお客様同士の会話、勿論店内に流れる音楽も
Bくんにとっては程よいBGMになっていたのではないでしょうか?!

そのうえ珈琲の香り・・・

全てが整ったこの環境がBくんには気に入ってもらえたのではないでしょうか(笑)

初めはカウンターの一番奥がBくんの指定席でした。

それからボックス席の真ん中に移っていきました。

殆ど静かな時が多い吹野ですが、稀に満席になることもあります。

そんな時には席を立つ心遣いもちゃんとできる子で、人が多くなると
「僕、ここに居ていいですか?カウンターに移りこのボックス席あけましょうか?」と
声にするのではなく、そういう目をして私を見ます。

勉強に集中している時でもそういう状況に気遣うこともできる子でした。

そういうことに気付く子だから私も快く彼にこの場所を解放できたのです。

勿論彼も吹野だけではなく、図書館やファミレス、ファストフード店などにも行っていました。

でも、吹野が一番落ち着けるといってくれるのはとても嬉しいことでした(^^)v

日が経つにつれBくんとの会話が増えました。
私がお客さんと会話するのを聞いていて、自分の思いと通ずるところがあると感じたからかな?!

彼曰く、同世代の友とはなかなか話が合わない・・・と

私もどちらかというとちょっとだけ他人と違う考え方を持っており、そこで共通するところを
彼は私の中に見い出したのかもしれません。
その時々の事件や事故、政治や結婚観などなどetc・・・

とても大人びた事を云う時もあれば、とても幼い表情を見せる時もあり、
それまで弟のような感覚で接していたものの、はたと気づきお母さんの年齢を訊ねました。
するとやはり、私と同世代でありました!!!(笑)

それ以来私はBくんの米子の母と思い接するようになりました。
彼にとっては迷惑な話かもしれませんが(笑)

そして月日は流れ今年2月には国家試験という大きな壁に直面するに至り、
昨年末から2月までは、ほぼ毎日通ってくるようになり、まさに私は
「受験生の母」の心境でした(笑)

そんな切羽詰まった時でも気分転換は必要です。
必死で集中しているかと思うと、私の手が空いた時を見計らい「ちょっと話していいですか?!」
と声をかけて来ては、とりとめのない会話を交わし笑ってリフレッシュもしていました。

神様なんて信じない・・・というBくんに米子の母は何か出来ることはないかと考えて
神田神社へ合格祈願のお守りを戴きに参じ「これは私の気休めだと思って持ってて!!(笑)」
と、試験前にそっと手渡すとBくんは笑顔で受け取ってくれました。
そして試験前日、私に開いた手帳を差し出して見せてくれたそこにはお守りが鎮座していました。

その効果というより、彼の努力の賜物と言った方が正しいと思いますが、
国家試験は自己採点で合格!!
あとは卒業を待つばかりと皆が羽根を伸ばす時なのに彼は所在なさそう・・・
勉強しない・・・ということが、とても落ち着かない様子には笑ってしまいました。

卒業式は春のような暖かい日でスーツ姿のBくんは立派な医者に見えたのは親の贔屓目でしょうか(笑)
彼の所望で一緒に写真に納まり「これで思い残すことがひとつ減りました」
と息子は可愛いことを言ってくれました。

それから友達と旅行へ行ったり、大好きな伯備線に乗り、ぼんやりと旅をしたりと
残り少ない米子で過ごす日々を満喫し、新天地への旅立ちの支度を始めました。

そして昨日、合格発表の喜びに浸る間もないまま引っ越しを同時に行い
慌ただしく、大好きな伯備線やくもに身を委ね、新天地高知へ向かいました。

「米子に後ろ髪をひかれ、後ろ髪が全部抜けてしまいそうです(笑)」なんて言いながら・・・

まだ実感はありませんが、少し淋しくなるでしょう。

私は産みの苦しみも育てる苦労もせずに大学を卒業するという「美味しいとこ」だけの
母という経験をさせてもらいました。

ずっと私が働く傍らでノートを広げペンを走らせていた子が親元を離れていきました。

患者さんに寄り添い、その痛みのわかってあげられる優しいお医者さんになってね(^^)v

白衣に聴診器を首にかけた写メを愉しみに母は待っていますよ

落ち着いたらいつでも大好きなやくもに乗って「ふるさと」へ帰って来て下さい

おめでとう