小暑

  • 投稿日:
  • by

7月7日は七夕ですが、二十四節気では「小暑」
この日あたりから少しずつ暑くなりますよ~♪
ということなのですが、その通りに翌8日には
例年より10日も早く梅雨が明け、強い陽射しが
夏空から容赦なくそそぎ始めました(XX)

梅雨が明けるのは嬉しいのですが、これから続く
猛暑を思うと恐ろしい気もします(^^)

そんな暑さの中、汗を拭いながら入って来たのは
「ゴンちゃん」でした!!

以前紹介したような気がするのですが、
まだ開店したばかりの吹野に高校生の頃から通い、
金沢の大学へ進学後就職し転勤族となり
時折その任地より便りを呉れる・・・
そんな彼が5年位前にやっと(?)妻と息子を連れて
現れた時は驚きました!!

当時の任地は札幌でしたが、すぐに「徳島」に転勤という
便りが届き、遊びに来てね~なんて言われて
阿波踊りでも観に行くか~なんて思っていたら
次の便りの住所は「仙台」になっているという具合で
本当にめまぐるしい移動するゴンちゃん(^^)!!

というわけで3月11日はどうだったろう?!と気になっていました。

その瞬間彼は仙台市内の会社のビルの中にいたのだそうです。
この揺れ方は「あの時」より凄い!!と思ったと・・・
実はゴンちゃん阪神大震災も経験しているのです!!

あの時も凄まじかったけれど今度はそれより更に強く
本当にもうこれでオシマイだと正直思ったそうです。
「ああ~もっと色んな事しとくんだったな・・・」と
その激しい揺れの中で我が人生をちょっぴり悔やんだりした
と今だから笑える話をしてくれました(^^)

地震の数時間前までは石巻にいたそうです。
もし、あのまま石巻にいたら津波に飲み込まれていたかもしれません。
奇遇ですがその翌日には、仙台に土地を購入する予定だった・・・
あちこち転々とした中で仙台が一番住みやすいところだと思い
この地に家を持とうと思ったのだとか・・・
その契約の前日の震災でした。
彼はきっと強運の持ち主なのだろう・・・と
そんな話を聴きながら感じていました。

奥さんと子供の待つ家に帰ってみると悲惨な事になっていたそうです。
すべてがグチャグチャだったそうです。
でもその中でテレビだけが地震前と同じ状態で鎮座していました。
それは上海生まれの中国人の奥さんが、
地デジ対応にと先日買い換えたばかりの3Dのテレビを
これだけは壊してなるものかと抱きかかえ
必死で守ったからだと言います。
不謹慎ですが、何だかその時の奥さんの姿が目に浮かび
つい笑ってしまいました(^^)
これも今だから笑える話で済まされる事です。

因みにその日から奥さんは子供を連れて上海に帰ったまま・・・

原発のこともあり、子供も上海の日本人学校に転校させ
暫くは帰ってこない・・・と淋しそうなゴンちゃんでした。

電気と水道はすぐに復旧したそうですが、
ガスは2~3ヶ月かかったそうです。
石巻で最後に一緒だった人たちは?!と訊ねると無事だったと。
けれどそれまでに取引のあった石巻の人には
幾人か亡くなられた方がいらっしゃるそうです。
生々しい話でした。

が、やはり東北の方々は幾度か経験をされているので
普段からの心構えが違っていて、そこが阪神の時との
大きな違いであるとゴンちゃんは言っていました。

そして最後にひと言
「仙台に伊達男はいません!!」と苦笑いし
またお盆には帰って来ますと言い残し帰って行きました(^^)

お盆には家族揃って来てくれるとのこと。
あの時抱いて写真を撮った幼子が今は小学2年生に・・・
会えるのを愉しみに待ってます~☆♪
不死身のゴンちゃん(^^)v