「ネギ太にネギ子」

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昨年もブログに書かせて戴いた米子市観光協会、首都圏観光大使の瀬尾幹夫氏。
今年もまた、お出で下さいました(^^)

米子出身で現在は横浜にお住まいの米子観光大使でしらっしゃいます。
毎年この季節になると、米子の旧友の方々との交流にいらっしゃるのです。
そしてその度に吹野にお立寄り下さいます。
そんな習慣をいつしか心待ちにするようになっているのですが、
その瀬尾氏が今年もお立寄り下さったのです(^^)v

そしていつものように「名刺」を頂戴しました(^^)
瀬尾氏の観光大使の名刺は毎年裏書が変わるのです~♪
それも愉しみのひとつになっています~☆

「今年は何を書こうかと随分悩みましたよ~」と笑いながら
差し出された名刺には、
『裏面に米子エッセー④<ネギ太にネギ子>』      とありました^^

早速裏返して読ませて戴きました~♪


 おもてをとくとごろうじろ。
米子のイメージキャラクターの白ネギ。白ネギとは、何故。
 先ずは、志賀直哉「暗夜行路」から。
悩める日本的近代人、時任謙作は伯耆大山でー。
「謙作は不図、今見ている景色に、自分のいるこの大山が
はっきりと影を映している事に気がついた。
影の輪郭が中の海から陸へ上がってくると、米子の町が
急に明るく見えだしたので初めて気付いたが、それは
停止することなく、恰度地引網のように手繰られて来た。
地を嘗めて過ぎる雲の影にも似ていた。
中国一の高山で、輪郭に張切った強い線を持つこの山の影を
その侭、地平に眺められるのを稀有の事とし、
それから謙作は或る感動を受けた」
 
 眼下に広がるは米子の町から境港に至る弓ヶ浜半島。
大山を仰ぎ見るこの地はまた、西日本一の白ネギの生産地でもある。
伯耆富士には白ネギがよく似合う、か。
 白ネギ夫婦、ネギ太にネギ子、いつか首都圏にも束になってやって来る。
柔らかくとろけるような甘味。美味である。食べてごしない。


特産の白ネギから志賀直哉の「暗夜行路」に至るところが
さすが瀬尾氏、と読ませて戴きました。

「暗夜行路」を読んだ事のない私・・・(..;)
これを切っ掛けに読ませて戴きたいとも思いました(^^+)

今は「湊山公園」と言いますが、かつて私たちが幼い頃は「錦公園」と言い、
桜の名所だった公園へ今日は行って来ました~(^^)
と仰り、夕食は昔懐かし「のどぐろ」を堪能された由。
「のどぐろ」と言えばひと昔前までは庶民の魚でした。
それがいつの頃からか高級魚になってしまってと苦笑いでした。

そしていつものように徒然なるままにお話を聴かせて戴いたのですが、
同じ鳥取県人でも、東部鳥取と西部米子では、
まるっきり違うという話(看病する枕もとで餓死)などは、
興味深く聴かせて戴きました(^^)

昨年ご紹介した「明月堂の麩まんじゅう」を今年も土産に・・・
と仰って戴いたのですが、先日惜しまれつつ閉店された事を告げると
ガッカリなさっていました(><)

そして心はもう来年の名刺の裏書に・・・
何を書こうかと頭を悩ませていらっしゃいました(^^)

良いテーマが見つかるといいのですが・・・
どんな名刺を戴けるのか愉しみに待つことに致しましょう~♪

また来年もお会いできますように、どうぞお元気で~(^^)/