皆既日食●

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7月22日
みなさんは「皆既日食」ご覧になりましたか?!

私は幸運なことに、数人のお客様と雲の切れ間から、三日月状になった太陽を
とても無理と言われていた肉眼で観る事が出来ました♪

勿論、皆既日食ではないので、「コロナ」も「ダイヤモンドリング」も
観る事は出来ませんでしたが、それでも貴重な天体ショーに、大変感動しました☆!

この辺りでも、雲の所為だけではないような、少し薄暗い状態になりました。
だから、その皆既の帯状の範囲の地域では、本当に真っ暗になっていました!!
悪石島や、その周辺の海上、中国各地では、約6分間闇に包まれていました。

現代の私たちはこれを、「皆既日食」という現象と知っているから、
平然と、愉しく観測する事が出来るのですが、太古の人たちはどうだったでしょう?!

今でこそ日本は先進国の仲間入りをしていますが、その昔、日本は、
中国や、朝鮮半島からの文明を取り入れていました。
それは、古い書物が解明してくれているのですが、中国や朝鮮半島の人々が、
皆既日食を認識していた頃、日本人にはまだその知識が無かったそうです。

ゆえに、白昼急に何分間も突然に真っ暗闇になったら・・・・・
さぞや大騒ぎになった事でしょう!
何か悪いタタリだと思ったかもしれません!

それを、日本に古くから伝わる「アマテラスの天岩戸隠れ」だという方々がいらっしゃいます。
そして、アマテラス=卑弥呼ではないか?!という説が生まれています。
その卑弥呼が亡くなった日(殺されたという説もある)が、紀元248年9月5日
なんとこの日は皆既日食の日と合致するというのです。

当時、中国の思想に「天人相関説」があり、
『天と人の間 すなわち自然現象と人との間に因果関係の存在を主張し、
 自然界の天災や疫病などは 古代中国では 君主の責任とされた』そうです。

というので、白昼真っ暗闇(皆既日食)になったのは、当時の君主卑弥呼の責任
ということになったのではないかと・・・・・

こんなことが「逆説の日本史」という本に書かれていたので、
そんなことも思いながら、今回の日食を魅せて戴きました。
想いを太古の邪馬台国の卑弥呼に馳せて・・・・・

次は26年後だそうです。
それを待つのもいいですが、一度「真っ暗」を経験してみたいという想いもあり、
チャンスがあれば、いつか皆既日食になるところへ行ってみたいとも思う今日この頃・・・
でした♪♪