土曜会

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一昨年の12月のことでした。
黒い礼服に身を包んだご婦人が、会釈して入ってこられました。
「ご無沙汰してます。以前、[土曜会]でお世話になっていました○○の娘です」と・・・
[土曜会]という言葉が、私をタイムマシーンに乗せ、過去へと連れ戻して行きました。
もう10年くらい前になるでしょうか・・・

帽子にステッキ、という古き良き時代の紳士、といった出で立ちの八十歳代の方と、
そのご友人とお見受けする方がご来店になり、
突然ですが、週一回ここで仲間との集まりの会を持ちたいのだが、
ご迷惑でなかったらお願いしたい、と・・・
これまで利用させて貰っていた店が、ご高齢になられ閉められることに。
代わる場所を探していたところ、吹野はどうか?!
という提案があり、お願いに来たところです と。

勿論お断りする理由など何もありません。
そちらの迷惑にならないよう、何なりと条件を出して下さい。
珈琲代以外に、場所代も別にお支払いします。
と、言って戴きましたが、そんなお気遣いは要りません。
どうぞ!!と申し上げると、
では、次の土曜日から宜しく! ということになり
それから、毎週土曜日の十時半になると、
少ない時は四~五人、多い時は十人位になる「土曜会」が催されるようになりました。

かつての職場のご同僚で、そのステッキの御大とその部下だった方々のお集まりでした。
が、かつての上司と部下、という垣根は全く無く、同じ時代を生きた同士という
和気藹々としたお仲間で、いつも昔話に花が咲いていました。
そして、締めくくりは、いつも御大のこんな一言でした。
「君たちはいいよ。女房がいて・・・俺はひとりで寂しい・・・」と・・・
御大は数年前に奥様を亡くされ、その御大をお慰めするためにと 始まった「会」でした。

だから、この土曜会を一番愉しみにしていたのは御大でした。
十時半からの集まりなのに、待ちきれず、
十時頃にいらしては、「みんなはまだか!!」と急かされ、
「まだ時間になってませんよ~(笑い)」と言っても納得されず、
「R君に早く来るように言ってくれ!!」と電話をさせて戴く事も屡
そのうち、待ちきれず、なのか、時間を間違えていらっしゃるのか、
わからないようになって来ました。

みなさんご高齢になられ、集まられる人数も減り、
家族の付き添いが無ければ吹野へ辿り着けない
という状態になられた方も・・・
喪服の女性は、その時お父さんに付き添っていらしていたお嬢さんでした。

結局、御大が体調を崩された事で、閉会を余儀なくされ
毎週土曜日に皆さんのお顔を見ることは叶わなくなりました。

あれから何年経ったのでしょうか。
喪服のご婦人はその日、お父様の四十九日を迎え、
ふと、吹野を思い出して下さり、
「お礼を言いたくて・・・」と訪ねて来て下さいました。

御大が倒れられてからも、土曜会のお仲間は病床に集まり、
いつも吹野の話をして下さっていたそうです。
だから、どうしてもここへ来たかったんです!!

そう仰りながら、懐かしそうに吹野の店内をぐるっと見回し、
そこに在りし日の父上の姿を重ねていらっしゃるようでした。

その後、後を追うように亡くなったRさんの奥様と
Rさんの一周忌の法要の後、お立ち寄り下さり、
先日は亦、Rさんの奥様と供に、
昨年9月に亡くなった御大のご仏前にお参りされたお帰りに
お二人で立ち寄って下さいました。

土曜会が幕を閉じた今も尚、そのお嬢さんが、
その縁をしっかりと引き継いでいらっしゃる事を
きっと、皆さん、あちらで嬉しく思っていらっしゃるでしょう!

素晴らしい娘をもってしあわせなお父様です。

いつも御大が帰り際、カウンター越しに右手を差し出され、
私に握手を求められるのが恒例となっていたのですが、
ある時、その後ろに続いていらしたそのお父様が、
「それじゃ~私も・・・」と恥ずかしそうに右手を出された事を
懐かしく思い出しました。

みなさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。