懐かし大連

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ハンチングにサングラス、背中にはリュックというのが
おじいちゃんのいつもお決まりのスタイルです。

初めて訪れて下さったのは数年前だったと思います。
カウンターに腰掛けメニューを両手で持ち、じ~っとご覧になっていました。
漸く決まったご注文は「シナモントースト」と「ウィンナ珈琲」でした~☆

なんてお洒落なおじいちゃんなんだろう~♪(^^)
そんなことを思いながら、お気に召すよう心を込めてパンを焼き、
シナモンシュガーを塗り、アツアツの香り豊かな珈琲に
ふんわりホイップした生クリームを優しく乗せました。

それをおじいちゃんは「美味し~い~☆」と召し上がり、
こんなお話をして下さいました。

ず~っと昔、おじいちゃんは「大連」に住んでいらしたのだそうです!!

昭和14年頃、おじいちゃんは大連の旅行社で働いていらしたのだそうです。
今で言う「交通公社」とか「近畿日本ツーリスト」のようなところです。
その頃毎日の朝食は「カフェ」で「シナモントーストとウィンナ珈琲」だった
と、おじいちゃんは目を細め遥か昔を懐かしむように話して下さいました(^^)

その味が忘れられなくて、あちこち探し歩いていたけれど、
あの当時の味にず~っと出会えなかった・・・
その味にやっと出会えた~☆☆と、大喜びして下さったのです!!
当店のシナモントーストはYさんのアイデアを戴いた特製ですもの(^^)v
ウィンナ珈琲も近頃のお店にはあまりないらしいです(..)

食べ終えると「美味しかった~(^^)」と絶賛して下さり、
それから時々お出で下さるようになりました。

そしてご注文はいつも「シナモントーストとウィンナ珈琲」です(^^)v

「大連」という地名はご高齢の方からよく聞く地名でした。
「大連から引き揚げて来た」とか「終戦を大連で迎えた」とか・・・

なので、当時日本人が多く暮らしていた土地というくらいの
漠然とした認識しかなかったので、「カフェ」とか
「シナモントースト」だの「ウィンナ珈琲」だのというものが
私が生まれるずっ~と前から当時の大連にはあった
という事が私にとっては驚きでした!!

でもそれは私の認識不足であったと思い知らされました。

当時の大連には日本だけではなく、ロシアの人々が多く暮らしていて、
美味しいものも沢山あり、「ピロシキ」も現在日本で食べているものとは
比べ物にならないくらい美味しかったと語られ、当時のことを
夢のような愉しい日々だったと話して下さるのです。

調べてみると「大連」は中国遼寧省南部の遼東半島末端の港湾都市で、
1898年ロシアが租借して東洋経営の根拠地とし、日露戦争後は
日本の租借地となり中華人民共和国成立後、旅順などと合わせて
旅大市となり、1981年大連市と改称されたという歴史がありました。

だから中国でありながらロシアの文化の色濃く
国際的な香りする街だったのでしょう(^^)

おじいちゃんは今でも当時親しかった人達に会いに
時々大連に行かれるそうです。行きたいのだそうです(^^)
それ程に懐かしい地で食したトーストと珈琲を吹野で再び味わえる・・・
そう喜んで下さるのです。嬉しいですね~(^^)~☆

そして帰り際いつも仰います。
当時一緒に大連に居た友が身体を悪くし、老人施設に入居している
その友と、この「シナモントーストとウィンナ珈琲」を
ここで一緒に食べたい・・・ここへ連れて来てあげたい・・・と・・・
いつもいつも、繰り返し仰っています。

どうかその願い、叶いますよう、私にも何か出来る事があれば
お力になりたいと、そんなことを想う日々です・・・

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